【ネタバレ注意】『リズと青い鳥』感想

 

どうもこんにちは、はじめまして!たそと申します。さて今回は4月21日より公開となった旧作「響け!ユーフォニアム」の続編 、『リズと青い鳥』についての感想を気の向くままに書き連ねていきたいと思います。

『リズと青い鳥』ってどんな内容?「響けユーフォニアム」は見ておくべき??

『リズと青い鳥』について語る前にまずは簡単な情報を見ていきましょう。

■スタッフ 原作:武田綾乃(宝島社文庫『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』)

監督:山田尚子

脚本:吉田玲子

キャラクターデザイン:西屋太志

音楽:牛尾憲輔

主題歌:「Songbirds」Homecomings

アニメーション制作:京都アニメーション

『リズと青い鳥』のメインキャラクターは、内気な少女鎧塚みぞれと陽気な少女傘木希美です。この二人はもともと旧作「響けユーフォニアム」にて主人公、黄前久美子の先輩として登場したキャラクターでした。ここで『リズと青い鳥』を見る前に「響けユーフォニアム」を見ておくべきか否か、ということですが・・・・・。

絶対に見てください。いいですかもう一度言います。絶対に見ましょう!

この二人の関係性は、とても奥ゆかしく、尊いものです。旧作を見ないでこの作品を見てもこの作品の素晴らしさはわからないと思います。

さてこの作品、アニメとしては異常なまでに情報量が多くなっております。なぜならば、一コマ一コマから、キャラの一挙手一投足からあふれんばかりの感情が伝わってくるからです!!ここまで厚みのある内容を90分にまとめあげた、山田尚子監督に僕は驚かずにはいられませんでした。

ゆえに僕は何度でも言います。まだ見てない人は「響けユーフォニアム」を見てから『リズと青い鳥』を見てくれ!

みぞれの内気で伝わりにくくてもこぼれ落ちる感情は旧作あってこそ真に理解できるでしょう。

では次から本格的にこの作品についての感想を述べていきたいと思います

※ここから下の記事はネタバレを含みます。この作品個人的に前情報などないほうがより楽しめると思いますので、まだ見てない方は、ここから先は見ないでください。



対比によって際立つ魅力

小説や映像作品でしばしば見られる対比構図。『リズと青い鳥』でも希美とみぞれは対比的に描かれていました。さらに作品冒頭に登場した「disjoint=互いに素」という数学用語についても取り上げていきたいと思います。互いに素とは数学の用語で、二つの整数を共に割り切る正の整数が1のみであることを言います。この言葉がどう作品と関わってくるのかは後述したいと思います。まずは作中に出てきた対比的な部分を僕の覚えている限りでまとめてみます。

①先を行く希美、ついていくみぞれ

作中、階段をのぼる、廊下を歩くといった何気ない日常の一幕では、常に希美はみぞれの前を歩いていました。みぞれ視点で希美の揺れるポニーテールを後ろから映したシーンが印象的だと感じた人も多いのではないでしょうか。さらに希美とみぞれが部室に入るシーン。あの時、朝練で音楽室の鍵を開けたのはみぞれでした。しかし先に音楽室に入ったのは希美です。普通に考えたら鍵を開けた人が最初に部屋に入りますよね。作中になんどもなんどもいろいろな形で登場したこのようなシーンは、二人の独特な、二人の世界が表現されていたように思います。

②希美とみぞれの周囲の様子

作品の前半部分で希美とみぞれの周囲の様子の違いが如実に描かれていました。同じパートの後輩たちと談笑する希美と、それを一人見るみぞれという構図。作中なんども出てきて、みぞれの気持ちを考えると、とても寂しく感じられます。またみぞれが世話をしているフグの水槽ごしにパート練をする希美が映るシーンがありましたね。中庭を挟んで隣り合う校舎どうしの距離が、なんだかみぞれが希美に対して感じる心の距離のようにも感じられてしまって、なんだか切なくなりました。

③お互いの気持ちのすれ違い

旧作でもでてきた『私にとって希美は特別』や『希美にとって私はたくさんいる友達の中の一人』という言葉。また希美と一緒の音大に行こうとするみぞれと、音大進学にどこか消極的なのぞみ。最後の音楽コンクールへの思いなど、いたるところで二人の気持ちのすれ違いを見ることができます。

④音楽コンクールへの思いと「disjoint=互いに素」

前述の通り、希美とみぞれは側から見ればなぜ友達なのかと思うほどに正反対です。そんな二人をつなぐものこそが、音楽でした。そもそも二人の関係は希美がみぞれを吹奏楽部に誘うことが発端となっています。みぞれが音楽を続ける理由はまさに自分と希美のつながりを守るためでした。しかしそんな二人だからこそ、音楽コンクールに対する思いが大きく違っていたのです。「コンクール頑張ろうね」と意気込む希美に対して、「コンクールなんて永遠に来なくていい」と一人思い悩むみぞれ。みぞれにとってコンクールの終わりは、自分と希美の関係性の終わりを意味するもののように思えたのでしょう。二人のたった一つの共通項である音楽、しかしそれは形としての音楽でしかなくて、それが内包する目標、続ける理由は完全に食い違ってしまっています。それこそが「disjoint=互いに素」という単語を使った理由であると考えます

童話『リズと青い鳥』が希美とみぞれにどう関わってくるのか。

作中でのコンクール自由曲、『リズと青い鳥』には童話原作があります。希美がみぞれに貸していましたね。その際希美が言った、「この二人なんだか私たちみたい」というセリフ。これがこの物語のきっかけでした。大好きな青い鳥を逃す選択をしたリズを理解できず、悩むみぞれ。それは自分とひとりぼっちだったリズを重ねてしまっていたから生まれる気持ちです。だからこそ「私だったらずっと鳥かごに閉じ込めておくのに」というみぞれの言葉には重みがあるのです。

童話『リズと青い鳥』はこの物語のきっかけであり、みぞれの悩みの種であり、希美とみぞれの答えでもある。この童話の作品への関わり方はこんなところでしょうか。



どちらが「リズ」でどちらが「青い鳥」?

この作品を見た人は希美の「リズと青い鳥は私たちに似ている」という言葉を聞いてみぞれ=リズ、希美=青い鳥だと思ったのではないでしょうか。実際希美自身が無意識的に、そう思っていたからこそ出た発言だと思います。みぞれもこの言葉を聞いて同じことを思ったでしょう。だからこそ心に翳りが差し込んでいました。このみぞれ、希美、視聴者を巻き込んだミスリードこそがこの作品の鍵となっています。作品の2/3程度を使って仕込んだこの盛大なトラップにまんまと引っかかったからこそ最後の「大好きのハグ」のシーンが生きたのだと思います。

最後のみぞれの感情の溢れ出した本気のオーボエ。それを聞き、涙をこぼしながらフルートを演奏する希美。希美は自分とみぞれの音楽的才能の違いを認識します。新山先生に音大に誘われたみぞれと、そうでない自分という構図が希美の中で明確になった瞬間だったと思います。

最後の教室での希美のセリフ。

「みぞれは私に合わせて手加減してたんだね」

鳥肌やらなんやらが半端ではなかったです。希美は、自分がみぞれの鳥かごになってしまっているということを意識します。自分は「青い鳥」ではなく「リズ」であったのだと。

どちらが「リズ」でどちらが「青い鳥」ではないんです。みぞれにとって希美が「青い鳥」でありました。友達もたくさんいる明るい希美に憧れの感情もあったはずです。希美にとってはみぞれが「青い鳥」でした。吹奏楽をやろう、と誘ったときのみぞれは、まるで初めて見たものを親鳥だと思ってしまう雛鳥のように見えていたのかもしれません。そんな雛が自分にはとどかない大きな広い空へと飛び立っていく「青い鳥」になったのです。



disjointがjointに

青い鳥は、大好きなリズに大空へ飛び立って欲しいと言われたら、その願いを叶えてあげるしかないのだという事に気がついたみぞれ、自分がみぞれの鳥かごになっているのだと気がついた希美。物語の最後の最後で、ついに二人のコンクールへの思いが一致しましたね。「disjoint=互いに素」、つまり形としての音楽しか共通項がなかった二人のコンクールへの思いが一致した事で、真の意味での音楽という共通項が確立したという事でしょうか。

ラストシーンの、「コンクール頑張ろうね」という声が重なるシーンにはいろいろな思いを汲み取る事ができるでしょう。

また最後のコンクールのシーンや、みぞれと希美のその後を描かず、あえて空白としたのもとてもよかったと思います。

「物語はハッピーエンドがいいよ」と語った希美でしたが、あえてそのハッピーエンドを描かない事で二人の物語がまだ終わらないのだということを表現しているのだと僕は思いました。



総評

『リズと青い鳥』はただの百合アニメとはとても言えない重厚さがあったと思います。それをたった90分に完璧にまとめあげた制作スタッフは本当にすごいです。僕自身この作品を完璧に理解できているかといえば、あまり自信はありません。また円盤が出てからじっくりと向き合う必要がありそうですね。

みぞれと希美の物語が、今後もずっと続く事を願うばかりです。

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